移住者インタビュー

海の景色に惹かれて、人生が動き出した。

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大阪で保育士をしていた宮川さん高知県で海の景色の美しさに胸を撃ち抜かれて以来、高知県ファンに。

宮川 真由子さん

  • 出身地:大阪府
  • 現住所:黒潮町
  • 移住年:2016年
  • 職業:地域おこし協力隊→保育士

大阪で保育士をしていた宮川さん。
母親と一緒に訪れた高知県で、海の美しさに胸を撃ち抜かれて以来 毎年、旅行で訪れるほどの高知ファンに。
ついに海沿いの町、黒潮町に移り住みました。

―宇佐の海にズキューン!

祖母が徳島在住で、もともと四国はなじみがありました。高知県の虜になったのは、母の車遍路に、ドライバー役でついてきたのがきっかけです。
車で海岸線をずっと走っていて、その景色の雄大さに胸をズキューン!とやられました。今思えば、仁淀川河口大橋から土佐市宇佐あたりだったと思います。あの宇佐の海は、本当に素晴らしかった。
それから毎年、高知に旅行に来るようになりました。

室戸岬から高知市までドライブして、市内に泊まって、地元の居酒屋さんに行ったりしました。
大阪で保育士の仕事をしていたので、子どもに人気のアンパンマンミュージアム(香美市)は何度も訪れました。保育士仲間をかわるがわる誘って、「職業柄、ここは行っとかないかんやろ!」って案内してましたね。毎年訪れていたけど、高知旅行に飽きることはなかったです。

―ポータルサイトを見つけてから、「高知移住」が身近に

2015年の9月に高知県移住ポータルサイト『高知家で暮らす。』を見つけました。見た瞬間からすごく「高知移住」が近くなって、毎日考えるようになりました。移住ってもっとハードルが高いと思っていたけど、このサイトを見ていると、自分にもできるかもしれないって思えたんです。
毎日サイトを見て、あれこれプランを練って…夢中でした。大阪で開催された移住相談会に行ったり、資料を繰り返し読んだり。漠然と「海に面した小さな町に住みたいなぁ」と思って、高知県の地図上の海沿いの町をひとつずつ検討していました。
ずっと大阪で育ったので、家族も友達も仕事仲間も大阪。最初に「高知へ移住しようかな」と伝えたときは、すごくびっくりされました。(笑)
みんな、私が高知好きなのは知ってましたが、「移住までしなくても、旅行で十分じゃないか」と言われました。家族からは「高知と似たような気候のはずだから、(大阪から近い)和歌山はどう?」とも言われました。高知はとても遠いところに感じたみたいです。

―宮川さん流 移住先サーチ法

高知へ旅行に来た夜、居酒屋さんのカウンターで隣に座ったおじさまやお店の方に「高知へ移住しようと思っています」って、思い切って話しかけてみました。高知の人って温かくて、みんなそういう相談にすごく親身に答えてくれて、嬉しかったです。
初対面の人ばかり数人に聞いたら、全員が口をそろえたように、西側(幡多地方)の海沿いをすすめてくれました。それが縁で、西側の市町村を探し始めました。それも、どうせ住むなら「市」じゃなくて「町」がいい。中土佐町と黒潮町が、移住先候補地になりました。

―知り合い0人から始まった、高知移住生活

単身での移住ですから、とにかく住む家と仕事が心配でした。移住先で保育士の仕事を続けられないのはわかっていました。
その点、「地域おこし協力隊」は、家と仕事が一緒に得られます。未知の分野に就職する怖さもありましたけど、高知に行きたいという思いの方が強かったです。なんでもやってやろうと応募しました。
移住サイトを見つけてから半年後、地域おこし協力隊として2016年4月に高知県黒潮町に移住しました。それはもう、怒涛のような半年でした。移住したとき、高知には知り合い0人でした。
そこからの4年間。黒潮町役場に入って、移住相談員の業務に就きました。役場の仕事にとどまらず、地元のイベントや集会に顔を出して、夢中でいろいろな人たちを手伝ううちに、いつの間にか大勢の友人・知人に囲まれていました。その友人の輪の中にいた、黒潮町で生まれ育ったある男性と結婚しました。移住して4回目の春のことでした。

―もう一度、保育士に。

黒潮町の地域おこし協力隊、臨時職員を経て、いまは4年ぶりに保育士として復職しました。自宅から近い、地元の保育園です。
黒潮町の保育園は、とても自然に近いなぁと感じます。お散歩で海へいくと、園児たちは「海に来たー」と喜びます。太平洋を横目にながめて、太陽をあびながらゆっくり歩く、とても素敵なお散歩コースです。夏には川のプールへ水遊びに行くこともあります。
仕事で苦労している点は、言葉です。私はまだまだ大阪弁が残っていて、幡多弁(はたべん、高知県南西部の幡多地方で話されている方言)がまだうまく話せません。幡多弁ネイティブスピーカーである夫と結婚してから、最近やっとなじんできて、口をついて出てくるようになりました。でも、園児達の達者な幡多弁にまだうまく返せないのが課題ですね(笑)。
黒潮町の保育園では、園児の親御さん同士が幼馴染だったり、親戚だったりするのも珍しくありません。親同士の付き合いが世代を超えて、お互いとても親しいのは、大阪ではなかなか見られないことです。将来、今の園児たち同士も親になって、いずれ幼馴染同士で子育てするようになるのかもしれません。

これまで夢中で過ごしてきて、あっという間の数年間でした。
夕方、仕事が終わってから、入野の浜まで散歩することがあります。
最初に高知の海の景色を見て感動したときのように、入野の浜を見ると、あぁ高知にいるんだなぁと改めて思えて、背筋がぐっと伸びる気がします。

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