移住者インタビュー

移住したからこそreborn~財産である山を守る

  • 掲載日:2021.09.13
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川手 功司さん
(かわて こうじ)

  • 出身地:長野県
  •   現住所:仁淀川町
  • 移住年:2018年9月
  • 職業:㈱片岡林業

水質日本一を誇る清流・仁淀川の上流域に位置する仁淀川町。愛媛県との県境でもあり、町の森林率は89%を占めています。
今回は、2016年から開始している仁淀川町独自の林業研修制度を活用して、現在は町内にある㈱片岡林業で就業している川手さんにお話を伺いました。

-「高知県」に決めたのは彼女の仕事から

自分が40歳手前、彼女(現在の奥様)が30歳手前のタイミングで、「これからの人生このままでいいのか?」と移住に向けて考え始めました。元々、長野県の田舎に住んでいたので、地方を希望しており、その中でも四国・九州に関心がありました。彼女が教育関係の仕事をしていたこともあり、一斉に教育委員会にメールを送りレスが早くて担当者との相性が良かったのが高知県でした。

-林業=「山師」の崇高なイメージ

地域や自分の仕事について、準備や下調べはほとんどしていません。地元の人に聞くのが一番だと思って、実際に足を運びました。車にナビもつけなかったし、スマホでの情報収集も特にしなかったくらい。ただ、農林漁業といった一次産業に関心はありました。実家が農家なので農業はやりたくない。やるなら林業一本で!という気持ちになりました。そのきっかけはハローワークでの林業の求人、今お世話になっている片岡林業でした。林業をやるなら一対一で教えてもらいたいし、林業には「山師」というか、崇高なイメージもあったので。

<株式会社片岡林業 川手さん>

―昔からの地元の知り合いのよう

仁淀川町の林業研修制度は、片岡林業の社長から聞きました。そして、社長と一緒に町役場に来て研修制度の説明を担当の奥田さんから伺いました。奥田さんも社長も、その日初めて会ったのに昔から知っている地元の知り合いのように、不思議と自然な感じだったことを今も覚えています。

―仁淀川町「林業研修制度」について仁淀川町産業建設課 奥田さんに伺いました

もともと仁淀川町には熟練の「山師」がたくさんいましたが、高齢のため引退されたり、町から出て行ってしまったことによりその技術が離れてしまったり。どうやって林業の担い手を確保するかを真剣に考えることが町として急務となりました。幸い仁淀川町には事業体と呼ばれるところが6、7社あるので、そこで人材育成をしてもらい、もちろん事業体の底上げもして、仁淀川町の林業の受け皿を大きく、盤石に出来ればと。町として1年間の林業研修制度を作ったのはそのような思いからです。1年間の林業研修期間は、仁淀川林産業組合の社員として雇用され、研修は組合員である事業体で実施。1年後には研修していた事業体へ就職。事業体としても「この人は社員になってくれる」という考えのもとに指導してくれるので、しっかり教えてもらえる。町の1年の研修制度と国の助成制度「緑の雇用」3年、合わせて4年間の補助を事業体は受けることができる。林業従事者として一人前になるまで5年かかると言われているので、補助があることで事業体にも人を育成する気持ちになってもらえるのです。

<仁淀川町 産業建設課 奥田 誠さん>

-その人にあった林業の仕事を提供

研修の受け入れは、やる気さえあれば、基本的には全員ウェルカムです。林業って狭いイメージもあると思いますが、いろんな方の窓口でありたいと思っています。年齢制限も設けてなくて、最近58歳の人にも入っていただきました。来ていただけるならその人にあった仕事を提供できたら、と思っています。木を切るだけでなく、育てていく人、木の苗を作る人、実のなる木(広葉樹)の植樹で山を育てる人も増えて欲しいです。
やりたい林業、本人のセンス、年齢や体力も含めて研修先を変える方や林業から離れるケースももちろんあります。1年間の研修制度だからこそ、自分を試せる期間にもしてもらいたいと考えています。

-山を大事にすることを目指して

研修期間も含め、片岡林業では現在3年目。社長が「何でもやってみろ」というタイプなので、作業道の開設からお客さん(山の地権者)への営業など、作業面から経営面まで一通りの流れをやらせてもらっています。作業は間伐で手がいっぱいで、植えるところまではいっていません。木は生き物ですし地権者の財産ですから山を大事にすることを目指しているつもりですが、自分の間伐は雑だったなと振り返って反省することもあります。

―移住したからこそ素直に

もともと田舎に住んでいたので、暮らしでの大きな変化はありません。変わらずにいられるところが仁淀川町のいいところ。でも、初めて就職したときのようなガッツを取り戻せたかなとは思います。地権者さん、奥田さん、事業体の方…本当に周りに恵まれ、助けられているなと感謝です。地元にいたら強がってしまって周りに甘えることができなかったのが、移住したからこそrebornというか、素直になることができました。今42歳ですが、それでも関わる方から子どもや孫のように扱ってもらえる環境です。もちろん叱咤激励もありますが、そこには愛情がある。ありがたいです。

-移住者だからこそ、“間に立てる人”になりたい

自分も移住者なので、移住者を呼び込むこともそうだけれど呼び込んだ後のケア(普段の付き合い、組合みたいな)をしっかりしていきたいですね。
移住してきた人、という意識で見る方がやはり地元にはいるので、地元と新しい移住者とその間に立てる人=自分がその中心になれたら、と思っています。

最後に移住を検討している方へのメッセージをお願いします!

移住って勇気がいります。だからこそ「100通のメールより1回の面会」。移住するにあたって、敢えてナビもスマホも見ず、自分の足で動いて今ここにいます。
方法は人それぞれだと思いますが、やっぱり自分の足で動いて目で見て感じることが、納得して移住するためには大事なことだと思います。



川手さんのお話をもっと聞きたい方はこちら(↓)の「きらり、仁淀ブルー」【中級編】にぜひご参加ください!

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