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高知県の地域おこし協力隊の”三方良しのカタチ”についてお伝えします!
地域おこし協力隊制度は、協力隊・地域・行政にとってそれぞれメリットがある
「三方良し」の形が理想的とされています。
「三方良し」とは、協力隊が地域に新たな視点や発想をもたらし、地域と行政が協力しながら、地域課題の解決や活性化に取り組むことで、相乗効果が生まれるというものです。
高知県内でこれらを体現している一例が北川村です。
今回は、北川村を例に、協力隊・地域・行政の三者の関わり方についてご紹介します。
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1.「協力隊を呼ぶ前」に地域と行政が準備していたこと
2.偶然ではなく“関係性”でつながった協力隊との出会い
3.協力隊が地域に入って起きた変化
4.吉永さんが大切にしてきた関わり方
5.三者が描く「これからの地域との関わり方」
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「協力隊を呼ぶ前」に地域と行政が準備していたこと
北川村北部地区で協力隊の受け入れが始まった背景には、長い歳月をかけて積み重ねられた地域の取り組みがありました。
「中学校を卒業して村を出てから、45年ぶりに戻ってきました。そうしたら、子どもの頃の記憶とは全く違う村の姿があって…これは放っておけない、と思ったんです」
そう語るのは、「北川村北部地区活動拠点『いこいの里』」の会長を務める上村さんです。かつて230人以上が暮らしていた北部地区も、人口減少が進み、現在は30人弱に減少しました。上村さんは、外に出た経験があるからこそ、集落の変化をより切実に感じたといいます。
「このままではいけない」という危機感から、住民たちは集まり、話し合いを重ねました。そこで生まれたのが「みんなが集まれる拠点をつくろう」というアイデアです。
廃校跡の敷地を活用し、令和2年に誕生した「北川村北部地区活動拠点『いこいの里』」は、構想から実現までおよそ10年。花を植え、畑をつくり、時には住民自ら重機を動かし、少しずつ整えてきました。
北川村役場・産業政策課の松本さんは、当時の行政の関わり方をこう振り返ります。
「最初から『協力隊を入れよう』という話ではありませんでした。まずは、地域の方がこの拠点をどう使いたいのか、何を成し遂げたいのかを、じっくりと一緒に考えました」
拠点を運営していくためには、活動資金の確保や各種手続き、対外的な調整も必要です。こうした話し合いの中で、「地域に入り込み、全体を把握し、行政との橋渡しを担う存在」が必要だという共通認識が生まれました。そこで、北川村北部地区の地域づくりをミッションとした地域おこし協力隊を募集することとなったのです。
この時から、協力隊は、足りない人手を補うための存在ではなく、すでに動き始めていた地域の取り組みを支え、つないでいくための制度として位置づけられていました。
『いこいの里』会長:上村さん
北川村役場・産業政策課:松本さん
偶然ではなく“関係性”でつながった協力隊との出会い
北部地区で拠点づくりの方向性が見え始めてきた頃、一人の女性との出会いがありました。後に協力隊に着任する吉永みことさんです。
吉永さんが北川村を知ったのは「モネの庭」がきっかけでした。芸術系の大学を卒業後、関東でガーデナーとして働いていた吉永さんは、Uターンを考える中で北川村に惹かれます。 当初、希望していた職種の募集はありませんでしたが、村の人々は吉永さんを温かく迎え、村を案内してくれたといいます。地域住民のなかには、「こんな人がいるんだけど、一度話を聞いてあげてくれないか」と役場につないでくれた人もいたそうです。
その流れで吉永さんは、自ら資料を作り、「私はこんな人で、こんなことができます!」と役場でプレゼンを行いました。
北川村役場の松本さんは言います。
「協力隊は制度ありきではありません。大切にしているのは、その人が地域と丁寧に関係を築けそうかどうか。吉永さんは、着任前からすでに村の人たちと信頼を育み始めていました」
しかし、当時はまだ協力隊の募集を行っていなかったため、募集が始まるまでの約1年間、吉永さんは待機期間を過ごします。それでも北川村への想いが揺らがなかったのは、温かく迎え入れてくれた地域の方々の存在が心にあったからだそうです。
そしていよいよ、北部地区を活動拠点とする協力隊のミッションが立ち上がり、選考を経て、吉永さんが協力隊として着任することが決まりました。
制度が先にあり、人を当てはめたのではなく、関係性が育つ中で制度が重なっていった。
北川村と吉永さんの出会いは、そんなプロセスを経て実現したものでした。
吉永みことさん
インタビューの様子
協力隊が地域に入って起きた変化
吉永さんが着任する前、「いこいの里」の活動が足踏み状態になっていた時期がありました。「次の一歩をどう踏み出すか、地域全体が模索していた」と上村さんは振り返ります。
停滞感を破ったのは、当時別のミッションで活動していた協力隊の若者たちでした。
「僕たちも手伝います。一緒にやりましょう!」
そう言って主体的に動く彼らの背中を見て、「若い人がここまでやってくれるなら、自分たちも何かせんといかん!」と、住民たちの意識が変わります。
この時をきっかけに、地域住民で毎月集まり、集落の美化作業をする習慣が生まれたそうです。自分たちの手で集落を維持していくという意識が定着していきました。
そして、北部地区担当の協力隊として吉永さんが加わると、活動はさらに加速します。住民の想いを尊重しながら、施設のテラスを整備し、良心市を開設するなど、「いこいの里」が果たす役割を一つずつ具体的な形にしていきました。
このように、住民だけでは足踏み状態になっていた拠点づくりも、協力隊がアイデアを出し、現場作業にも一緒に取り組むことで、構想が少しずつ形になっていったのです。
また、高齢化が進む地域にとって負担になりがちな書類作成や役場との調整といった業務は協力隊が担い、草刈りや場づくりなどの作業は地域住民が率先して行う。そうした役割分担が自然と生まれ、互いの得意分野を補い合う関係が築かれていきました。
吉永さんが大切にしてきた関わり方
着任当初、吉永さんは北部地区にすぐ住める家がなく、集落の外から通っていた時期がありました。その際、地域住民から、どこか“外から来る人”という微妙な距離感を感じていたといいます。
「活動には関わっていても、生活の一部を共有できていない感覚があったんです。生活を通じて地域の人たちに仲間として受け入れてもらうことの大切さを改めて感じました」と吉永さんは振り返ります。
その後、北部地区に引っ越し、生活の拠点を集落内に移したことで、その違和感が少しずつ変わっていきました。顔を合わせる回数が増え、挨拶や何気ない会話が日常になっていきます。協力隊としてではなく、“同じ地区に暮らす住民”として認識されるようになったことが大きな変化でした。少しずつ話しかけてくれる人や会いに来てくれる人が増え、自然に距離が縮まっていったのです。
地域のなかで、吉永さんは「とにかく積極的に地域に出向く」という関わり方を選んだわけではありません。無理に前に出るよりも、まずは徹底的に話を聞くことに重きを置きました。集落の人たち一人ひとりの声を整理し、記録として残す。これが吉永さんのスタイルです。
「地域の歴史や思いは口頭でしか伝えられてこなかった部分があります。誰が見ても分かる形で記録を残すことで、この先も活動が続くようにしたいと思いました」と吉永さんはいいます。
最初は、住まいや距離感の問題など、戸惑いも少なくありませんでしたが、住民や行政の支えを受けながら関係を築く中で、活動は次第に充実したものへと変わっていきました。
こうした経験を通じて、吉永さんにとって北川村は、“任期のある勤務地”から、“これからも生きていきたい場所”へと変わっていったのです。
『いこいの里』のテラス
『いこいの里』の掲示板
三者が描く、これからの地域との関わり方
北川村北部地区では、協力隊の任期終了をひとつの区切りとしながらも、「終わり」ではなく「次のフェーズ」へと歩みを進めています。
■集落支援員として、住民として根づくフェーズへ(吉永さん)
協力隊を卒業した吉永さんは、現在、北部地区の集落支援員として活動を続けています。任期中は地域での役割を第一に考え、日々の暮らしを外に発信する余裕はありませんでした。しかし今は、住民として地域に根づくことを意識しながら、自身の創作活動『小さき絵描きのアトリエ』も続けています。
「地域の一員として生活しながら、村の楽しみや自分の暮らしを少しずつ発信していきたいです。暮らしそのものが地域と循環するように、やりたいことも少しずつ形にしていければと思っています」
個人の仕事と地域活動を切り分けるのではなく、暮らしそのものが地域との関わりに繋がっていく。吉永さんの姿は、地域に関わり続けるロールモデルの一つとなっています。
■「いこいの里」第二ステージへ(上村さん)
地域の中心的存在である上村さんは、「いこいの里」の次の段階を見据えています。今年は拠点の小屋の建て替えも計画され、新たに地域の人たちが集まれる場として、第二ステージに挑む年です。
「私も今年で80歳になります。次の世代にバトンタッチするため、後継者の育成も大切にしたいです。とはいえ、正直まだやりたいことがたくさんあるので、まずは外部から人を呼ぶというより、今いる集落の人たちが楽しめる場所にしたいと思っています」
上村さんの言葉からは、地域の中心として活動を引っ張りながら、やりたいことを一歩ずつ形にしていく力強さが感じられました。
■持続可能な地域づくりを支える(松本さん)
松本さんは、行政としての役割を次のように整理しています。
「大きなビジネスをやってほしいというわけではありません。地域の人たちが持続可能な形で、元気に長く暮らし続けられることが何より大事です。そのために、協力隊や集落支援員をはじめとした人材のサポートや、制度・資金面でのバックアップをしていきたいと思っています」また、行政にとって、
吉永さんのように「地域に入り込み、全体を把握し、行政との橋渡しを担う存在」がいることは、大きな安心感につながっているといいます。現場の声が行政施策に反映され、行政の意図が地域に伝わる。その循環を支える存在として、協力隊の役割は欠かせないものになっています。このように、北川村北部地区では、協力隊・地域・行政がそれぞれの役割を果たしつつ、互いに刺激を与え合いながら地域活動を持続させています。三者の連携は、持続可能な関わりを形づくっているのです。
「ちょっと気になる…」なら、まずは話を聞いてみよう!
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